Prince of the French
4月の海外イベント、フランス「XXart展」に参加したときやった、
4月の海外イベント、フランス「XXart展」に参加したときやった、
5つのBed room、2つのシャワールーム、1つの大きなバスルーム、3つの洗面台。
2つのリビングルーム、そして、広いダイニングキッチン。
調理機はオール電化。電子レンジ、オーブン、ティファールのポット。
大きな冷蔵庫。
スッと住んでいたくなる。
キッチンの窓からは牧場の馬や牛がみえ、リスやウサギが走りぬけていく。
裏にはひろーーーーい畑が、どこまでも続く。
穀物の緑色の中に、ところどころ、黄色い畑。そこは、一面の菜の花だった。
夏になると、これがヒマワリ畑になるという。
キッチンの窓の向こうに、色んな友人がやってくる。
コンコン。sa va?
彼らは お茶を飲み、ワインを飲み、筆で遊び、
英語とフランス語をミックスさせながら、笑顔で話し続ける。
私たちは笑いながらフランスになじんでいった。
母国語以外でしゃべるとき、人は相手の目や表情を見て、
理解しようと一生懸命になる。
受け流すことができない会話をしながら思った。
まるで、恋人同士のようだな、と。
We were staying, the second house .5 Bed room, 2 shower rooms, one large bathroom, three sinks.
2 living rooms and large dining kitchen.
All-electric cooking equipment. Microwave, oven, Tefal pot.
Large fridge.
I hope iving here for ever.
From the kitchen window to see that horses and cattle ranch. Lists and rabbits running well.
Somebody knock this window, and various friends come to play.
Knock knock. Sava? (^ ^)
Any person may appear one day with a smile ^ ^.
Tea, wine, in English and French champon without drawing in ink
Keep playing.We became familiar with the French with smile.
お世話になったマダムの家。
4月28日
XXartが終わり、作品が一つづつ会場から消えていく。大きいから、みんな小型トラックでやってくる。作品を降ろしたり、車に運んだり、顔なじみになったアーティストたちと手伝いあって片づけていく。3か所に飾った私の作品も地上に降ろされて行った。
取り外した空間に、壁に、作品の余韻がまだ残っている。
残った人たちと食事。ここではランチが3時~、夕飯は10時~と遅いのだけれど、昼も夜も、前菜に生ハムやパテやサラダ、メインディッシュはチキンやビーフ、それに3種類はあるチーズ、そして手作りデザートとカフェのフルコース。ワインはランチでも飲む。ヘビーだけれど、大皿で回ってきて、量は自由にできるので助かった。
いろんな人とテーブルを囲み、おしゃべりをする。若者は英語ができるけど、50以上は得意でない人が多い。でも、なんとなく伝わるものだな。28,29、30。この3日間は自由にゆったり過ごそうとおもっていたのが、みんなが夜の予定を入れてくれる。
「その日は家にいらっしゃい」「その日は僕のアトリエに招待するよ」。夜がいっぱいになってしまうと、昼間を狙われる。嬉しいような、少しゆっくりしたいような複雑な思いだけれど、折角だからね。
豚というフランス語が通じなくて、豚真似をしたのが受けちゃったジャックおじさまは、初対面なのに、トゥールの伝統的な料理と作法を教えてあげたい、と招待してくれた。田中泯の踊りを語る役者連中から、盆栽は自然なのか、など討論する哲学者や作家が集まる深いパーティになった。アートに囲まれた15世紀の家は、無茶かっこいい!私の作品も額に入れて飾られていた。
「来年はこの部屋に泊まるといい。」2階のゲストルームを天遊の部屋にすると言いだした。あははは。。。この場所分からないし。。
毎日深夜まで大声で討論しながら、みんな生きていることを主張しているようだった。
フランス人。ストレートに表情を出さない、シニカルな大人たち。とことん話し合い、意見を戦わせることがだーい好きな、感受性の強い人達。この国の人たちはずっとそうやって生きてきたのだろうなぁ。
なんとなく、モネが、セザンヌが、ルノアールが、このまちでどう生きてきたかがみえたような気がした。
毎日、沢山の人達がワークショップにやって来る。一本線と丸に点の太陽、このふたつだけなのに相当楽しそうだ。
この初体験に、ワクワクしているのを感じる。
新しい漢字と、古い文字、3,000年の時が流れていると知ると神秘性にますます拍車がかかるらしく、誰もが古代文字を指さし、この方がイメージしやすいという。
最後に、名前の意味を漢字で書いてあげた。体の大きなジャックは「地躍」。大地に根ざした躍動感と説明するとすこぶる上機嫌になった。美人のミランは「美蘭」、花屋のドミニックは「土魅人來」、キーティは「輝照」コスモ君は「大宇宙」。陽気なおじさんが、私にも「美」がいっぱい入った名前を書いて欲しい!といって、みんなを笑わせていた。
漢字の持つ世界が彼らの名前に物語を生み出していった。
「天遊、早く来て!市長が来ているの」Nobuyoshiホールにいくと、女性市長を前にアーティストが集まっていた。10mの天遊作品のまえに主催のマダムと市長に挟まれるかたちで立たされた。義捐金の集計も行われたようだ。市長の挨拶のあと、スピーチをうながされる。
えええ?日本を代表したコメントでなければならない・・・。
大きな拍手をもらった。みんながハグしにきてくれた。役目は微力ながら果たせたかな?。
これから日本という国に責任を持たないといけなくなってしまった。
4月26日は最終日一日前。
参加アーティストが集まるピクニックパーティーに誘われた。スペインの血が入った武田鉄矢似のジョンは、フランスでは売れっ子のアーティスト。ちょっときむづかしいけど、女好き。あー、もっとフランス語をやってくればよかった!
第二外国語どうし、一生懸命英語で話し合った。
日本の精神、恋愛観、禅、神、アニメ・・・。
フランス人は討論するのが大好きなんだな。
彼らにも震災に対する日本へのメッセージを書いて欲しいなと呼びかけたら、ほぼ全員が書きに集まってくれた。
凄いアーティストばかりだから、絵あり、言葉あり、イラストあり、凄い作品ができちゃった。
みんなずっといて、他のアーティストが何を書くか見守っている。
竹の絵ので有名なアーティスト、カイトで有名なアーティスト、動物が得意なアーティスト、などなど。
繊細な彼は、描きたいけどかけない位悲しい、と私を抱きしめてくれた。
その時、美奈子ドミニックが歌い出した。
ルルルル ルルル、ルルルル ルルル~♫。
星に願いを、だった。壁のホールに、みんなの声がこだまし、天に向かっていくようだった。
お別れにみんながハグしてくれた。涙が出そうだった。
世界は繋がっているんだな。
今回の寄せ書き、どこかで発表したいと思っている。
4月26日
毎日が刺激的で発見で喜びで、そして疲れも溜まってきたかな。
でも今日は可愛い子供達がいっぱいくる日。朝から楽しみにしていた。古代文字の話、日本の文化の話、メッセージを書いてもらおうか、色々考えていた。
お、可愛い声が聞こえてきたぞ!と思ったら、どどっと子供たちが20人以上、部屋になだれ込んできた。みんな興味津々。ええ⁇ あああ、墨に指を突っ込んでる!?。
引率の先生が半分をお絵描きの方に連れ出した。残ったのは3才児じゃない?マダムから日本語を聞かせてあげて、といわれ話出したけれど、宇宙人を見てるようだなぁ〜。
マダムが通訳をしたあと、とりあえず一本線を引かせる。見本を見せると、あらら、みんな楽しそう!じゃ次は、ソレイル、太陽を書きましょう。丸に点。日本の日ですよ。元気にね~。おお、これもスゴイスゴイ。みんなの名前を漢字で書いてあげて終了。
「じゃ、折り紙をしましょう!天遊さん、よろしく!」忙しいマダムはそう言って出て行っちゃった。仕方ない・・・。「奴さんをおります!好きな色を選んでね。」日本語で通す。なんだか通じてる。最後に顔を書いてあげたら、すごく喜んで遊びだした。
次のクラスはちょっとお兄さんお姉さん。覚えたてのフランス語で古代文字を解説。予想以上に興味を持ってくれた。
線と丸チョンを書き、折り紙を要求され。みんな可愛いなぁ。お迎えが来るまで時間があったので、大きな紙を広げ真ん中に「priere pour Le japan」と書き、周りに古代文字の日を書いてもらう。大きな紙に皆興奮して、素敵なソレイユを書きだした。ちょっと感動!。その内、3才児たちも参加し、素敵なメッセージが出来上がった。
そして小さな天使たちは大切そうに書いた文字をもって、手を降りながら帰って行った。
言葉じゃないな、ハートだな。
4月23日の続き
夜7時は明るいけれど、今日は風が強い。うーん、激しい文字がおりてくるのかなぁ、、、と思っていたら、ステージは屋外からメイン会場の大ホールに運び込まれていた。
ここはまるでガラス張りの植物園。外の明かりが気持ち良い。沢山のお客様も集まってきた。会場が変わると、気も変わる。
目を閉じ、音を聴く。訪れを、待つ。
静寂の中に、音連れが現れた。一気に、舞うように、捧げ物の文字が生まれて行く。
完成した瞬間、フィリップスと目が合った。泣いていた。
私は裸足のままジャンレノの腕の中に走り込んだ。号泣!!!
ビックリするほど二人して声をあげて泣いていた。
そうなんだ、私は悔しかったんだ、作品を汚されて悲しかったんだ、
なのに我慢して、気持ちをおさえこんでいたんだ!!すっきりした。事情を知る人達はもらい泣きし、知らない人達は説明を聞いたあと大きな拍手をし、握手をしに集まってきた。
その時、ガガーン!!という雷鳴とともに、叩きつけるようなスコールが!
八百万の神々が一気に音連れたような、凄い嵐だ。「TenYou,外に出よう!」
ジャンレノに手を取られ、私たちはスコールの中に躍り出た。
一瞬、着物がダメになる、と頭をよぎったがこの気持ちよさには変えられなかった。感謝、感謝、全てに心から感謝。
4月23日
翌日から、みんなの態度が大きく変わった。
初対面の参加者たちがよってきて、大丈夫?眠れた?気分はどう?など、真剣な眼差しで手を握り、抱きしめ、気遣ってくれた。
私の中ではとうに怒りは消えていた。
構築と破壊。まさにこれぞアート、と納得さえしていた。
そういうと、アーティストたちは必ず言った。「私は許さない!」「怒りで眠れなかった」と。
アーティストは繊細なのだなと改めて思った。二日目も大混雑。3カ所の大駐車場はあっという間に埋まっていた。
レストランではシェフたちによる料理が昼夜味わえ、ワイン片手に寛ぐ人たちで賑わっていた。屋外の作品やインスタレーションには樹木に名前や紹介文がかけられ、屋内では植木鉢のプラントに、さげられた。
この演出、いけてる。
オーナーが 造園業のお花屋さんだけあるな。私の「現代アート」と化した作品も、メイン会場の芝生の上に展示され、事件を知らない人達に「すばらしいtsunami作品だ」といわれていたらしい・・。
実に面白い!
着物姿の小さなジャポネは人気者だった。そして、離れで遅いランチをとっていた時、キッチンの窓から主催者リーダーのアーティスト、フィリップスが顔を出した。「 TenYou!! 紙と墨を調達してきたよ、もう一度描かないか?」彼の肩には10mのロール紙が担がれていた!ええ~、、、まじですか?? また描くなんて・・・という言葉を飲み込んだ。
自称ジャンレノが、最高のスマイルでウィンクしているんだから。事件後みんで話し合い、なんとかもう一度天遊にチャンスをつくりたいと奔走してくれたようだ。やるか。ライブは1時間後と決まった。
4月22日の続き
夜8時を過ぎても明るいフランス。
「XXart」は2000人近い人達が訪れ、メイン会場前広場で10m作品をかきあげた私は大きな拍手に包まれていた。
その時、一人の男が作品に近寄り、服を脱ぎ全裸で文字の上を泳ぎだした。そして最後にシンボルのように黒いパンツを中央に飾った。
皆がア然と見つめるなか、私は紅い絵具を手に作品の上に立つとパンツに思い切りチューブを絞り、打ちつけまくった。怒りより激しい悲しみが全身を走り抜け、そして最後に手のひらいっぱいにチューブを絞り切ると、印を押すようにおしつけた。強く、深く、熱く。
現場にいた多くのアーティストやゲストたちかが親指を立てる中、赤く染まったパンツを手に彼の所に走り寄ると、怯えたその顔に押し付け、胸元に押し込んだ。
まるで何かが乗り移った様な感じで、もう一人の私は冷静に見守っていた。警察に通報され、彼は逃げ出した。
どうも有名なアート会場荒らしで、会社経営者らしい。冷静に作品をみた時、凄い閃きがきた。水や風や自然の古代文字の神々が荒れまくり、紅い炎がたち、まさに震災そのもの。とんでもない現代アートになっていた。
タイトルを書いた。「priere pour le JAPON」
カメラを手にたくさんの人が集まってきて、今まで空だった義捐金箱に、ユーロが投げ込まれ出した。空はまだ明るかった。